教会案内
 
  西明石福音ルーテル教会
  

 西明石福音ルーテル教会は、ノルウェー・ルーテル伝道会(NLM)のガブリエル・エイクリー宣教師により、1949年に伝道が開始されました。NLMが日本で最初に開拓した教会です。現在は、(宗教法人)「西日本福音ルーテル教会」を構成する一つの地方教会となっています。

1.教会誕生の背景
 ノルウェー南西沿岸の町ベルゲンで、ノルウェー国教会内の信徒運動から、1891年5月に「ノルウェー・ルーテル・中国伝道会」が生まれました。同伝道会は中国から独立した満州国にも多くの宣教師を派遣しました。エイクリー師は満州で矢田文一郎牧師(元明石愛老園長)と出会い、親交を結びました。戦後、矢田師から招きを受けたエイクリー師は、神の召命であると確信し、日本宣教を決意したのです。

 戦後、中国では共産主義政権によって、宣教師は全員退去させられました。ノルウェー・ルーテル・中国伝道会の宣教師も、香港、台湾、エチオピア、日本に転進することになり、1949年伝道会の名前から中国という部分が消え、現在のNLMとなりました。

 1949年6月横浜に着いたエイクリー師家族は、賀川豊彦師から、「西明石にイエス団が所有する埋立地(酪農予定地)があるので、そこを拠点に宣教を開始するように」と助言を受けました。1949年9月26日、賀川師が出席して最初の聖書集会が開かれ、西明石福音ルーテル教会が誕生しました。


2.宣教の拡大と法人化
 その後、NLMは、須磨、神戸、山陰へと宣教を拡大しましたが、1962(昭和37)年3月、NLMの下にある8教会により、日本人による包括宗教法人として、「西日本福音ルーテル教会」が設立されました。フィンランド・ルーテル海外伝道会、フィンランド・ルーテル宣教会とは、NLMの日本宣教の初期から、良い宣教協力関係があり、今日も共に働いています。


3.教会の現状
 西日本福音ルーテル教会は、近畿と中四国を中心に41の地方教会(信徒総数約4千名)があります。神戸ルーテル聖書学院、心に光を・ラジオ放送、蒜山バイブル・キャンプ場、幼稚園、障がい者の作業所等の運営を行う他、インドネシア、香港に日本人宣教師を派遣してきました。また、海外の諸伝道会や近畿福音ルーテル教会との協力下に、神戸ルーテル神学校(神学修士課程認定校)を運営しています。


4.教会の特色
 私たちは、宗教改革の福音信仰に立ち、北欧ノルウェーの素朴で熱心な敬虔主義の流れを汲みながら、主を証しする信仰生活を送りたいと願っています。また、信徒主義と過度に儀式的にならない平易な礼拝形式をモットーとしているところに特徴があります。

 ルーテル教会
 
 ルーテル教会はマルティン・ルター(1483-1546)の宗教改革により誕生したプロテスタントのキリスト教会です。
 ルーテルという日本語名は、ルター (Luther)の古いドイツ語読みに由来しています。

1.宗教改革
 ルターは、1517年10月31日、免罪符販売に反対して、ヴィッテンベルク城教会の門扉に95条の抗議文を貼りました。神がイエス・キリストの十字架と復活によってのみ人間の罪を赦し、人間はキリストにおいて示された神の恵みに基づいて生かされていくという、正統的な福音信仰に立ち戻るように、聖書の権威に立って訴えたのです。ここから、「聖書のみ、恵みのみ、信仰のみ」という宗教改革の三大原理が生まれました。

 ルーテル教会は、その後ローマ・カトリック教会と分かれて、ドイツから北欧に広がリ、国教会となりました。現在は、南北アメリカ、アジア、アフリカなど全世界に広がり、約7千万人の会員がいます。日本には、約280箇所のルーテル教会があり、学校、幼稚園、老人ホーム等の事業を行っています。

 ルターは、会衆が歌えるようにラテン語ではなくドイツ語で多くの讃美歌(コラール)を書きました。パウル・ゲルハルト(1607-1676)は、悲惨な30年戦争を経験しながらも、敬虔な信仰の讃美歌を作詞しました。聖トーマス教会の音楽監督(カントル)となったヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)はルーテル教会を代表する音楽家です。


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